リバプールが生んだ史上最高のロックバンド・The Beatlesってなにが凄いの?

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コーク

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リバプールFCとビートルズを愛する大学生です。リバプールFC以外にも、リバプールに関する様々なことを記事にしていきたいと思います。

「ザ・ビートルズ」。その名を知らぬ者はいない、万人が認める史上最高のロックバンドです。メンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人。そんなファビュラスな4人全員が、我らの愛するリバプールFCが本拠地を構える、イングランド北西部の港湾都市・リバプールで生まれました。

もしかしたらビートルズがリバプール出身だと知らない方もいらっしゃったかもしれません。しかし、サッカーファンでなければ「リバプール」と聞いて思い浮かべるのは「ビートルズ」だと思います。というよりも、リバプールを知らなくてもビートルズは知っているという方も多いのではないでしょうか。

Beatles

リバプールを知らない方にリバプールを説明するとき、筆者はとりあえずビートルズを頼ります。しかし、年上の方であればいざ知らず、この春から大学生になったばかりのまだ10代の筆者の同世代の友達からは「ビートルズは知ってる。でも、ビートルズってなにが凄いの?」と、聞かれることが多いのも事実。なんせ半世紀も前の人たちですからね。仕方のないことです。今回はビートルズが成し遂げた功績をほんの一部、ご紹介します。「リバプールってなに?ビートルズってなに?」と聞かれたとき、以下のことを言ってみてください。そして、最終的にリバプールFCもとにかく凄いんだぜ、という感じで丸めれば成功です!

まず、お断りしておくことがあります。それは筆者に音楽的知識や楽器に関する知識や技術がないことです。本来、彼らの本当の凄さは音楽を進化させ、一変させた革新者としての姿なのですが、筆者にはそれがないばかりにビートルズの音楽的な凄さをご紹介することはできません。なので、今からご紹介することは豆知識や雑学的なことになります。それでも良ければ、ぜひお楽しみください!

(記事中のThe Beatlesの画像の出典は公式Twitterです。ぜひこちらも覗いて見てください。)

目次

  • スタジアムでのコンサートはビートルズが初!
  • CTスキャナーが製品化できたのはビートルズのお陰!?
  • プロモーション・ビデオの元祖もビートルズだった!
  • 武道館がロックの聖地なのはビートルズが演奏したから!
  • 「YEAH」を世界に広めたのはビートルズ!

 

スタジアムでのコンサート

1964年、ビートルズは1ヶ月に24都市を回るというFA顔負けの超過密日程で全米ツアーを行いました。そのため翌年の1965年の全米ツアーは2週間で10都市と前年の半分程度になり、一回のコンサートでより多くの観客を呼び込む必要が出てきました。そこでコンサート会場として目をつけたのが野球場で、今でこそ野外スタジアムでのコンサートは普通ですが、当時は画期的なことでした(もちろんビートルズが史上初めて野球場でコンサートをしたバンドです)。

伝説といわれる65年8月15日のニューヨークのシェイ・スタジアム(シェア・スタジアム)における観客動員数は約56000人。これは当時としては世界最大でした。しかし、問題点も。半世紀も前の音響設備とスタジアムを埋め尽くす観客の大絶叫(多くは女性の黄色い声)の中でビートルズの演奏が観客まで届くはずもなく、ドラムのリンゴ・スターでさえ彼らの前で歌っているメンバーの声やギターは聞こえなかったそう。ジョン・レノンは「ビートルズを聴きたければレコードを、見たければコンサートに来ればいい」とまで言ってしまうほど。とはいえ、彼らのスタジアムでのコンサートは興行的には大成功であり、以降、野球場のみならずサッカー場など、野外スタジアムでのコンサートは一般化していきました。

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CTスキャナーの製品化

CT(コンピューター断層撮影)によって人体を撮影する、CTスキャナー。イメージがつきにくい方でも、どんなのものかは画像を見て頂ければイメージ出来ると思います。EMIというレコード会社に勤めるゴッドフリー・ハウンズフィールド(ノーベル医学・生理学賞も受賞しています)によって商業的なCTスキャナーが発明され、以降このEMI社がCTスキャナーを製品化・販売をしていました。では、ビートルズとどのような関係があるのか?勘のいい方はお気づきかもしれませんが、EMIはレコード会社。そしてビートルズが所属していたのもEMIでした。ビートルズの天文学的なレコードの売り上げは60年代の衰退の一途を辿るイギリス経済を支えていたほどで、その収入をEMIは医療部門の研究資金として投資。結果的にCTスキャナーの製品化に成功しました。ゆえにCTスキャナーは「ビートルズによる最も偉大な遺産」と呼ばれています。

 

プロモーション・ビデオ

販売意欲を刺激するために、曲とともに動画も撮影するプロモーション・ビデオ(以下PV)またはミュージック・ビデオ。この先駆けもビートルズだったりするんです。新曲を発表する度にテレビに出演することをめんどくさがったビートルズのメンバーが、動画も一緒に撮るからテレビに出ない代わりにそれを流してくれと頼んだのが始まりと一般的に言われています。ボブ・ディランが先駆けとする説も根強いですが、彼の場合は映画のワンシーンに使うために撮ったもので、定義の問題ですが厳密にいえばPVではないと言えるでしょう。このように先駆けを巡る論争はありますが、ジョージ・ハリスン自身「これは僕らの発明さ」と笑いながら答えていますし、ビートルズってことでいいんじゃないでしょうか!

ロックの聖地・日本武道館

「ビートルズが日本にやってくる!」1966年、ビートルズ初来日。ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが日本公演で提示した会場における条件は「①1万人以上のキャパシティ、②屋根付き」の2つでした。しかし、この条件を満せる会場は2年前の1964年、東京五輪のために建設されたばかりの日本武道館しかありませんでした。ところが、神聖な武道や式典を行う武道館でロックのコンサートなどやれるかと、右翼団体などが猛烈に反対。右翼だけでなく、「ビートルズは若者を洗脳する悪魔」とコンサートに行きたいと懇願する子供に保護者や学校が行くのを禁止するなど、ビートルズの来日はもはや事件でした。

結果的に武道館でのビートルズでのコンサートは実現したわけですが、彼らの来日公演はこのように非常に大変な経緯がありました。しかし、ビートルズの武道館ライブによって武道館は日本におけるロックの聖地となり、ここで演奏したバンドは「ビートルズと同じステージに立った」というトップステータスを得ることになります。その後ビートルズを追うように海外のアーティストが次々と武道館ライブを行い、ロックの聖地としての地位を確固たるものにしました。余談ですが、今や教科書にも載るビートルズの来日公演に行くことを禁止した保護者や教育関係者は、その後のビートルズを見てなにを思ったのか気になるところです。行けなかった子供にとってはもう悔やんでも悔やみきれなかったのでしょうけど...

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いえーい!って

みなさんも日常的に使う「yeah」。「yes」の砕けた言葉ですね。日本語表記にすると「いえい」や「いぇーい」といった感じでしょうか。当たり前のように使っているこの言葉も、実はビートルズがきっかけ。ビートルズ初期の爆発的な人気を誇る曲の一つに「She Loves You」というものがあります。約54年前の1963年8月23日に発売されたこの曲は、当時のイギリスでは下層階級の人が使う下品な言葉とされた「yeah」を何度も繰り返し歌う生粋の英国人にとっては衝撃的なものでした。完成したこの曲をポール・マッカートニーが父に聴かせたところ「素晴らしい曲だが、“yeah”は下品だから“yes”に変えなさい」と言われてしまったそう。しかし、当のポールは「わかってないね、“yeah” だからいいんじゃないか」とどこ吹く風。結果「イェー!イェー!」と叫びまくったビートルズのこの曲は彼らの人気を不動のものとしました。ビートルズの映画「ハード・デイズ・ナイト」の劇中コンサートのラストを飾ったことも大きく、ビートルズ=“yeah”というのが初期のビートルズに対するイメージとなり、最後には世界中の誰もが使う言葉となったのです。

最後に

いかがだったでしょうか?日常のふとしたところにビートルズの存在があったりするんです。テレビなどで「リバプールで生まれた~」なんてフレーズを聞くたびになんだか誇らしくなる筆者。ビートルズを知らない方も、ぜひリバプールが生み出した彼らの曲を聴いてみてはどうでしょうか?必ず、心に残る曲が見つかるはずです!

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